
2026年9月16日に小学館より刊行される、芦沢央さんの新作『ハザードランプ』の装画を担当しました。
デザインは、高柳雅人さんです。
『ハザードランプ』は、日常の中に潜む小さな違和感から、少しずつ見えている景色が変わっていくような6編を収めた短編集です。
一見するとどこにでもありそうな日常。その中で、ふとしたきっかけから何かがずれ始める。そして気がついたときには、もう元の場所には戻れない。
芦沢央さんは、2012年に『罪の余白』で野性時代フロンティア文学賞を受賞しデビュー。その後も、人間の心理や日常に潜む違和感を巧みに描いた作品を発表し、『火のないところに煙は』で静岡書店大賞、『夜の道標』で日本推理作家協会賞を受賞するなど、高い評価を受けている作家です。
芦沢さんの作品を読んでいて僕が強く惹かれるのは、事件や出来事そのものだけではなく、**「何かが起こる少し手前」**にある時間です。
まだ何も起きていない。
けれど、何かがおかしい。
いつもの風景の中に、ほんの小さな違和感が入り込むことで、それまで見えていたものが違って見えてくる。その感覚が、今回の『ハザードランプ』にも強く感じられました。
今回の装画では、その「何かが起こる少し手前」の空気を、一台の車と、そのフロントガラスを通して描きたいと思いました。
絵の参考にしたのは、実際に雨の降る夜に取材して撮影した風景です。
僕が意識したのは、車の中と、フロントガラスの外では、まるで別の世界が存在しているように見えることです。
車内は静かで、閉ざされた小さな空間。
一方、フロントガラスの向こうには、雨に濡れた夜の街が広がっている。
その二つの世界を隔てているのが、フロントガラスです。
そこで、ガラスに付着した雨粒をひとつひとつ描くことで、車内の静けさと、その向こう側にある世界との間に、わずかな距離をつくりました。
雨粒によって外の風景は少し歪み、ぼやけ、何がそこにあるのかがはっきりとは見えなくなる。
見えているのに、よく見えない。
その「見えそうで見えない」感覚が、今回の物語にある違和感とも重なるように感じました。
そして夜の道路に浮かぶハザードランプの光。
赤い光が雨に濡れた路面やフロントガラスに反射することで、そこに「何かが起こっているのではないか」という不穏な気配が生まれます。
なぜ、この車はここに停まっているのか。
車の外では何が起きているのか。
そして、この静かな車内では何が起ころうとしているのか。
その答えを絵の中では説明せず、見る人の想像に委ねたいと思いました。

僕は以前から、光を描くことにこだわりを持っています。
光そのものを描くというより、光があることで生まれる周囲の暗さや、そこに漂う空気を描きたいと思っています。
光が強ければ強いほど、その周りの闇も深くなる。
そして、その光に照らされて初めて見えてくるものがある。
今回の『ハザードランプ』では、ハザードランプの光、雨粒、フロントガラス、その向こうの暗い世界を重ねることで、光と闇、車内と車外、静けさと不穏さ、その境界にある時間を描きました。
装画を描くとき、僕は物語をそのまま絵に置き換えるのではなく、作品を読んだときに自分の中に残った感覚や温度、言葉になる前の空気を、一枚の絵として捉えたいと思っています。
本を開く前、まだ物語を知らない人がこの絵を見て、
「この先で何かが起こりそうだ」
と感じてもらえたら嬉しい。
そして本を読み終えたあとにもう一度この絵を見たとき、最初とは違う風景に見えてくれたらと思っています。
『ハザードランプ』という物語の入口として、この絵が読者の想像を少しだけ先へ誘うものになっていれば嬉しく思います。
ぜひ、本と合わせて装画もご覧ください。


